成田市議会議員 くずうたかひろ

名前: 葛生 孝浩
ふりがな: くずう たかひろ
生年月日: 1987.11.30(31歳)
星座/血液型: 射手座/A型
趣味: トレーニング、スノーボード
資格: 薬剤師免許、普通自動二輪免許

「次世代のためにやる。」をモットーに、薬剤師をするかたわら成田市政に市民の意見を生かすために成田市議会議員として現在住んでいる久住中央やお隣りの下総を中心に活動中。
街中を自転車で走ったり、駅前で立っている。 そこで出た要望や意見について精査し、実現することを目的として日々奔走。
普段は中台運動公園のトレーニング室に週2回程度通っている。
また、楽しく育児する中で、子供の成長だけでなく、自分自身の成長も感じている。 よく言うことだが、自分が親になり、初めて親の愛情に気が付いたこともその1つ。

卒業前から勉強し独学で身につけたコンピューター言語(HTML,PHP,JAVA等)を駆使して ホームページ制作やアプリケーション開発を請け負う団体「nia」を高校の同級生と設立。
糖尿病治療専門病院の近くの調剤薬局にもパートタイマーとして勤務することに。
プライベートでは、大学時代から付き合っていた彼女と結婚。その後、息子を授かる。
学生とは違い、誰もカリキュラムも組んでくれない生活の中で、収入を得ること、生活していくことの大変さを知る。 その中で、自分にできることをやることの意義に気付く。

東邦大学薬学部に通う。
薬学教育の改変があり、全国で4年制から6年制に変わった第1期生。 カリキュラムも決まっていない状態で、6年後の国家試験での合格を目指す学校生活が始まる。 テスト期間にはリュックが引きちぎれるほどの教科書を詰め、1日中、図書館に閉じこもった。 5年次には、病院と調剤薬局にそれぞれ約3ヶ月の実務実習に行ったことで知識の生かし方を学ぶ。 同時期の卒業研究ではHIV患者の団体「JaNP+」に協力してもらい、「HIV患者における抗ウィルス療法のアドヒアランス」について発表。
6年制に変わって初めての薬剤師国家試験にも無事現役で合格する。

千葉県立佐倉高校に通う。
中学校時代に憧れていた高校生活を送るため部活動には入らないことを選択。 ほとんど高校とは関わらない日々を過ごす。
学校には内緒で、アルバイトをしたり、バイクの免許を取ったりもした。 振り返って、部活動をしていたらどうだったかな?と考えることはあるが、 この時期に飲食店のホールスタッフをしていた経験が今でも役に立っていると感じる。
高校2年生の時に、医療分野への進学を決意。千葉大学医学部医学科を目指すもあえなく不合格。 浪人も考えたが、合格していた東邦大学薬学部への進学を決める。

成田市立久住中学校に通う。
ソフトテニス部に所属し、副部長も務める。
中学校1年生~2年生は生徒会副会長、2年生~3年生は生徒会長として学校行事の運営等を担う。 そのため、成田市が行っていた中学生座談会にも2年続けて参加。 当時は人見知りで、人前で意見を述べるのも苦手だったが、生徒会への参加をきっかけに少し変わった。
3年生になってからは、学習塾に通うのが楽しく、夏休みも朝から晩まで勉強に明け暮れていた。 勉強すること、探究すること、答えを導き出すことを好きになったのはこの時期。 そのため、通っていた中学校では「真面目」と言われ、それが格好悪いことのように感じてた当時は少し抵抗があった。

成田市立久住第一小学校(現:久住小学校)に通う。
毎日家族の帰りが遅かったため、同級生の家でいつもお世話になっていた。
周りが山や田んぼばかりだったので、その中を駆け回っていたが、 お世辞にも運動神経がいいとは言えない子だったため、いつも転んでケガばかり。 3,4年生の頃は太っていたため、体育の短パンを履くのが恥ずかしかったことを今でも覚えている。
高学年になるとTVゲームに夢中で、よくご飯も食べずに怒られた。 勉強はできたため、担任の先生に私立中学校への進学を勧められたが、 少ないながらの友達と離れるのが嫌で地元の中学校への進学を決める。

生まれも育ちも成田。
母の職場がニュータウンの小学校だったため 2歳から吾妻保育園に通っていた。
音楽に興味を持ち、ヤマハ音楽教室でピアノを習うが いつしか目的はそこで売っているガチャガチャに。
水泳を習いに行っても、やはり目的はそこで売っているガチャガチャに。
おかしが大好きで歯医者さんのお世話になってばかりいた。